浅草にちっちゃな小屋ができるまで  2010年04月
2010年 04月
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18日(日)
03 | 2010/04 | 05

八幡神社 

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小屋の近所の八幡神社。今日は雨。「祭りの当日は晴れてくれよ」と言っているように、窓から覗く子供神輿。お祭りが楽しみです。
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浅草散歩

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昨日は本当に暖かく、やっと春らしくなってきた感じです。浅草をぶらぶらしていたら「朝青龍」の文字の入った浴衣を着た力士をみかけました。思わず後ろ姿をパチり。すみません。

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雷門は相変わらず人が多く、いつもは素通りなのですが、門をくぐり風神雷神の後ろを見ると、ちょっと派手な像が。天竜像、金竜像です。ゆっくりと見たことがなかったのですが、ちょっと不思議な印象。天竜は水から守る神さまのようですが、口元がニヤケテいるのは何故?金竜は美しい女性の像です。見ていたら、インド人(?)らしき観光客に「ブッタ?ブッタ?」と聞かれました。本来、そちらが本家本元ではないのですかね…

浅草は、少しずつ祭りの準備が進んでいるようです。
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新旧「若者たち」

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いつの時代も大人が「今の若い者は…」という言葉を話の頭につける時、その言葉の後は、たいがい批判的な言葉が続きます。先日テレビを観ていたら、90歳を過ぎた方が「今の若い人はすごいよ。いろいろな事を考えて、すごく参考になるよ」と話されたその方のなんと若々しいことか。年齢に関係なく柔軟に相手を受け入れられるのは、現役で何か目指すものを持っておいでだからなのでしょうか…

「昔の大人は…」と言うのも大人たち。「昔の大人は、格好良かった」「怖かった」「物知りだった」「何でもできた」と憧れを臭わせ話す時、自分たちを自嘲し「しっかりしろよ」と昔の大人に叱られたいのか…。思い出して少しだけ勇気づけられたりしているのかもしれません。

「今の大人」は若者にどう写っているのでしょう。政治も経済も教育も、大人が胸を張れるものがないような今の世の中で、「格好良い」大人、「怖い」大人がどれだけいるのでしょうか。子供が「大人になって、あの人みたいになりたい」という大人は、「お金持ち」や「有名人」だけになってはいないでしょうか。鉋を上手にかける大人、大きな氷をのこぎりで割る大人、着物を着て雪駄で歩く後姿が格好いい大人、煙草を吸う姿が絵になる大人…。私は単純にそんな大人に憧れました。今の私たちは、子供や若者に「格好良い姿」を見せられているのだろうか。「ああいう風にはなりたくない」という反面教師にしかなっていないのではないだろうか。今思えば、大人の姿にただ憧れたのではなく、そこに大人の生き様を見ていたのではないだろうか。

「無礼」「非常識」「生意気」は若者の形容詞でした。体から棘がたくさん出ていて、世の中のあちこちにぶつかり傷つきました。大人から「無礼者」と怒られ、「非常識」と嘲られ、「生意気」と嫌われました。今はそうした対峙の構図は少なくなった気がします。「いい子の若者」が非常に多い。外に向け棘を出さず、自分の中に棘をしまい込んで、自分で自分を傷つけているように見えます。そんな若者たちを育てたのは、かつて「無礼で非常識で生意気」だった私たち。いったい子供たちに何を望み、どう生きる事を教えたのだろうか…

「何を成したかではなく、どう生きたか」を問うてほしいと思うのですが、願わくば私に関しては「どう生きたか」も問わないで頂けるとありがたいのですが…

何だか今日は、ボーとこんなことを考えていました。
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得手不得手

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当たり前のことですが、人には得手不得手があります。何をやらせてもそつなくこなす人と、その逆な人。私は圧倒的に不得手の方が多い。不得手のなかにもランクがあり、得意ではないが何とかできる、頑張ってやってもそこそこ、全く出来ない…。日常生活ではさほど不自由はないのですが、ちょっとした時に現れて思い知らされます。私の最も不得手なことは、整理整頓。これは大人になってから気がつきました。相方がこの分野の達人に近い才能の持ち主だからです。

例えば、私の片付けは机の上の物を引き出しに押し込んで終了。引き出しの中は、気にならない。相方の片付けは、引き出しの中まできっちり仕分けされている。本は本棚に入っていればいい私。縦だろうが横だろうが入り方はさほど気にならない。相方は本の高さまでそろえる。旅行に行こうと私が荷物を鞄に入れると入りきらない。相方が入れると魔法のように入ってしまう。こうなると私は完敗し、この件からは手をひきました。すると益々不得手になり、家の中の物が何がどこにあるのかわからなくなってしまい、我が家であって我が家でないような気分。相方に電話をかけて、探し物の在処を聞くことも度々。しかしこの程度は、日常においてさほど問題にはならないのですが(そう思っているのは私だけかも)、今回のように「引っ越し」となると、話は別。相方がいないとどうにも荷物が片付かないので準備が進まず、気分が落ち込みそうになります。相方は頭の中に整理整頓された状態が浮かぶと言いますが、私は全く、全く浮かびません。これはもう不得手なのではなく、出来ない!のです。

動物は自分にないものを持っている相手を選んでいるといわれます。それはより強い子孫を残すため。ということは、相方になくて私にあるものが何かあったということなのでしょうか。何だろう?昔最も得意だったことは、どこでもすぐに眠れることでした。もしかしたら、それかな…環境適応能力有
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ワイン

先日白ワインを買いました。よく買うお店で、駅ビルなどにも入っているのを見かけます。冷蔵庫に入れて冷やし、10日後くらいに開けました。すると、コルクに緑色のものが…。イヤな予感。恐る恐るテイスティング。やっぱり、ヘンな味が…。カビ?白ワインに合わせて、パスタも筍と菜の花のペペロンチーノ、つまみも白に合わせたので、ガックリ。あいにく他の白ワインが無く、仕方なく赤ワインで食べました。翌々日お店に返品し、取り替えてもらいました。数日後今度こそと楽しみにコルクを抜くとちょっと軽めに抜け、コルクに亀裂と空洞があり、またまた嫌な予感。舌に残る味が…。2度目の返品。さすがに今回は、違うワインと取り替えました。お店の方もメーカーに送って調べてもらうとのことで、返事を頂けることになりました。今迄も何回かこうしたワインには出会っていたのですが、同じワインで2度は初めてです。高価なワインではないので、仕方がないのでしょうか。どの時点でカビが発生したのか、わかるのでしょうか?どちらにしても、残念です。

今夜のワインは、どうかしら? ちょっとドキドキします。
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